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規模の限界:共産党の組織図3


 2012年8月31日現在、日本経済新聞の朝刊に、中国共産党の次期幹部がほぼ内定したという記事がありました。中国共産党も、以前とりあげた日本共産党と同じく、マトリョーシカのような指導構造になっています。(http://ryoichiinaba.jp/rlog/2012/08/post-14.html

 日本共産党における、党大会-中央委員会-幹部会-常任幹部会という組織図は、中国共産党における、全国代表大会-中央委員会-中央政治局-中央政治局常務委員会という仕組みによく似ています。やはり、左端の機関が休会中は、右の機関が代行するという形になっています。

 さて、どうしてこのような仕組みになっているのでしょうか。立花隆『日本共産党の研究(二)』(講談社文庫)では、組織には「規模の限界」があるためだとされています。

 どんな組織でも、ある一定の人数(十数人から二十人程度)を超えるとうまく機能しなくなります。これが規模の限界です。この限界にぶち当たった組織は、自らを分割して上部組織を作らざるを得ないのだそうです。

 この見方が正しければ、中央委員会が多くなりすぎたので幹部会を作り、幹部会も多くなってきたので常任幹部会を作ってきたということで、最初から意図して作られた組織図ではないようです。

参考文献:立花隆『日本共産党の研究(二)』(講談社文庫)


選挙無効とは?


 衆議院の選挙制度改革がうまくいかない場合、最高裁は次の衆議院総選挙について「選挙無効」の判決を出すかもしれないと、一部で言われています。しかし、本当に選挙無効の判決を出せるのでしょうか。

 選挙無効の判決には、達成のためのハードルがいくつかあります。以下のようなものです。

  1.  最高裁は選挙を無効にする力がある
  2.  現職だろうが新人だろうが、違憲状態の選挙は無効にする考えである
  3.  最高裁は理想の選挙制度を確実に把握している。すなわち、唯一の立法機関である国会が当然採用すべきである選挙制度を、最高裁はもう知っている

 1はすべての前提です。いくら最高裁判所が選挙無効を宣言したところで、国会議員が一人も辞職せず、選挙管理委員会や総務省が選挙を行わなかったら、なんの意味もありません。そういう事態になったが最後、司法の権威は地に落ちます。

 2はもうちょっと感情的な話です。すでに国会議員であった現職議院の当選が無効になるならば、「在任中に選挙制度改革に真剣に取り組まなかったからだ」といういわゆる自業自得論が成り立つ可能性があります。しかし、今まで議員でなかった新人の当選者にとってはあずかり知らないことです。その新人議員の当選を無効にすることは、選挙民の意思を無視することは、果たして許されるのでしょうか。

 さらに言えば、新人議員はすでに選挙資金を使い尽くしており、選挙無効になったあとの選挙に出馬できない可能性があります。資金力という点では、現職議員の方が有利な場合が多いでしょう。選挙無効にすることによって、かえって「違憲状態」を放置した議員が当選し、よりよい新人議員の誕生を阻害するというマイナス効果がありえます。これは、民主主義として正しいのでしょうか。

 3は立法権の問題です。現行の憲法では、国会が唯一の立法機関となっています(憲法41条)。もし、憲法が法律で定めるとしている選挙区の定数配分(憲法47条)を、最高裁が左右できるとなったら、国会が唯一の立法機関であるとしている憲法と矛盾します。これは、看過できない憲政上の危機です。

 もし、憲政上の危機にならないとしたら、「この世には唯一の理想の選挙制度があり、そういう選挙制度を作るのは国会として当然、いや、常識とさえ言える」という世界観が必要です。その世界観を共有する者どうしだったら、最高裁が選挙制度を消極的にではなく、積極的に云々していくことが許されるでしょう。

 もしくは、最高裁の判決は選挙全体を無効とするものではなく、投票価値を著しく毀損している特定の選挙区の再選挙ができるだけであるとするなら、問題は少なくなります。

 以上で見た通り、行われた選挙全てを無効にすることは難しいです。選挙制度の改正は、事実上、また、制度上、国会にのみ任せされていると考えた方がいいでしょう。つまり、国会議員が本気にならない限り、選挙制度は改革されないということです。


参議院の首相の問責決議案、その価値


 2012年8月29日現在、参議院本会議で首相に対する問責決議案が可決されました。こうなったら、いっそのこと臨時国会でも問責の効果があると言い張ってもらって、参議院の首相の問責決議案の効果に関する既成事実を積み重ねることで、実際のところ参院の問責決議にどの程度の価値があるのかはっきりさせてもらいたいところではあります。

 例えば、参議院で問責決議案が出されたことにより、首相が衆議院を解散するのはアリなのでしょうか。

 もし、政府・与党以外の野党が、参議院ですべての議案に審議拒否する、または反対した場合、衆議院の優越がある首相の指名と予算案以外の全て法律が成立しないことになります。また、今日の国家財政を考えたとき、赤字国債を発行しないわけにはいかないので、特例公債法案が成立しない場合は行政の活動に著しく影響を与えかねません。

 この状況を◯◯的に問題がある、といくら言ったところで、意味はありません。問責決議なんか出さなくても、参議院で与党が過半数を持たない時点でこの結果は見えています。単に否決すればいいのです。そして何より、この問題を調整する方法が憲法に書かれていないのだからしようがないのです。

 参議院の首相の問責決議案について考えてきて、最終的にぶち当たるのがこの問題です。すなわち、参議院で首相の問責決議案が可決されるということは、ほとんどの可能性において、参議院で政府・与党が過半数を得ていないということであり、参議院における法案の成否は、問責決議案の可否に限らず、野党に握られているということです。

 こう考えてみると、首相の問責決議案などと言うのは、飾りにすぎないのです。あってもなくてもどうでもいい、箔付けのようなものではないでしょうか。なぜなら、すでに述べた通り、審議拒否や法案の否決といったパワーの有無は、問責決議案の可否に左右されないからです。

 では、何のために箔を付けるのでしょうか。審議拒否にです。あるいは、問責決議案は野党を糾合する錦の御旗にするのでしょう。「参議院として問責決議を可決したのに審議拒否しないのは、議院の一体性を損なう行為であり、参議院の地位を低下させる」という理屈でもって、審議拒否を渋る野党を説得することができるからです。

 この状況を打開するには、参議院で法案が否決されてもなお、法案を成立させる力が必要となります。その力とは、衆議院で三分の二以上の議席でもって再議決することです(憲法59条2項)。

 現状の衆議院の構成で三分の二以上の賛成を得られない場合、この力を得る方法のひとつして、衆議院の解散総選挙が挙げられます。選挙を行なって、与党で三分の二以上の議席を勝ち取れば、参議院が何をしようが無駄です。これは、憲法に明文で保証されています。◯◯的に問題がある、といくら言ったところで、憲法に書かれているのだからしょうがないのです。もっと言えば、この再議決の規定こそが、参議院で政府・与党が過半数を得ていないケースにおける、憲法が用意した衆参対立の調整手段なのかもしれません。

 参議院の首相の問責決議案可決による、首相の衆議院解散はアリです。これを拡大すると、参議院で法案を否決されて解散した、小泉元首相の郵政解散も当然アリになります。

 とは言え、解散が首相の専権事項ならば、どのタイミングで解散しようがしまいが首相の自由であるはずなので、こんなことを考えなくてもオールオーケー。すべてアリということになります。


首相の問責決議案、参議院にて


 2012年8月28日現在、赤字国債発行に必要な特例公債法案と、最高裁に「違憲状態」とされた一票の格差を是正することを目的とした衆議院の選挙制度改革法案の両法案が、衆議院の本会議で可決されました。両法案は参議院に送付され、審議されることになります。参議院で可決すれば、両法案は成立します。

 一方、野党である自民党と公明党は参議院で首相の問責決議案を8月29日に可決させる方針で一致しています。もし、この問責決議案が可決されたら野党は参議院のすべての審議に応じないそうなので、参議院で過半数をもたない政府・民主党は両法案を成立させる術がないことになります。採決どころか、審議すらできないかもしれません。

 首相の問責決議を可決したことによる参議院での審議拒否には、いろいろ意見がありますが、禁止されているわけではないので、強制的に止めることは誰にもできません。おとなしく内閣総辞職するか、なんとなく「そういうのは良くないゾ!」という空気にするしかありません。そういう空気になったときに、野党の政治家が恐れをなせば次の国会で審議拒否はなかったことになります。

 現在開かれている国会は第180回通常国会です。通常国会というのは、毎年1月から150日間開かれる国会です。今年は延長されて、9月8日までにやることになっています。冒頭に書いた通り、この記事を書いているのは8月28日なので、もう2週間を切っています。首相の問責決議案の効果を今国会に限るのなら、審議拒否したところで大したことはありません。せいぜい1週間ちょっと審議しないだけです。予算の執行に滞りは出るかもしれませんが、秋に開かれる予定の臨時国会で審議すればいいのです。否決されるかもしれませんが、少なくとも審議はできます。

 問題は、野党が恐れをなさなかった場合です。首相の退陣などといった政府・与党の譲歩がない限り、次の臨時国会においても問責の効果は持続するとなったら、審議は不可能です。野田政権を現状のまま維持するのであれば、政府・与党は野党を死ぬ気で切り崩して、問責決議を破棄するなりなんなりして参議院の意思を改めて表明する必要があるでしょう。一応そういう手続を取らないと、参議院に限らず、国会決議というものが軽くなり、憲政上の危機をもたらす可能性があるからです。制度などというものは、法文と慣習、パワーによって維持されているだけなので、脆い時は脆いのです。

 野党切り崩し大作戦はあまりに大変で、実現の見込みはあまりないように思われます。そもそもそんなことができていたら、問責決議案が可決されることがありません。問責決議案が可決したとき、空気を味方につけることができなかったら、最低でも野田内閣の総辞職は避けられないでしょう。


法案を人質に取るとは?


 2012年8月26日の新聞に、岡田副総理が、去年は菅前首相の辞職と引き換えに特例公債法を成立させ、今回は解散と引き換えに特例公債法案などを成立させると野党は考えているようだけれども、法案を「人質に取るようなやり方はいいかんげんにした方がいい」と発言したという記事がありました。

 しかし、このように副総理が批判しても口だけにすぎません。野党が法案を人質に取るようなやり方をするのは、そのように行動した方が合理的だからです。

 政府・与党は法案を成立させたい。逆に、野党は成立を阻止し、政権運営を行き詰まらせることで次の選挙で政権をとりたい。このような関係において、野党が参議院で過半数を持っていたら、参議院で政府・与党が提出する法案を片っ端から否決、もしくは審議しないのは当然の成り行きです。

 なぜなら、参議院の権限は非常に強く、首相の指名と予算案以外のほとんどの法律は、参議院で可決されなければ成立しません。参議院で否決されれば、衆議院は参議院に両院協議会という話し合いの場を設け、そこで落とし所を探るか、それもダメだったら衆議院において3分の2の賛成を得なければ法案を可決させるのは不可能になります。

 このことから、野党の行動は「制度上・慣習上認められた権利」であると言えます。制度で許されている行動だから、しているだけです。岡田副総理が本当に現状を憂慮しているのなら、国会法や憲法の改正や、なんらかの議会運営のルール作りを目指すべきです。ただ、政府が国会の運営に口を出すというのは、三権分立の観点から考えてあまりよくないでしょう。議会が政府のいいなりになってしまっては、行政を監視することが難しくなるからです。


国会の委員会とは


 2012年8月24日、特例公債法案が衆議院の委員会で可決、来週にも本会議で採決し、可決する見通しです。政府・民主党は、引き続き衆議院の選挙制度改革法案の採決も今国会中にする構えです。

 しかし、選挙制度改革法案を審議する「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」には全野党が欠席しています。特例公債法案を審議する「財務金融委員会」では自民党が欠席しています。両法案とも、野党は参議院でも同じ対応をとると考えられるため、どちらも参議院で可決する見込みは立ってない、とマスコミはみているようです。

 さて、ここで言う「委員会」とはなんでしょうか。原則として、国会に提出された法案は、その種類によって「◯◯委員会」に割り振られ、法案の提出者による趣旨説明や質疑応答などを行います。「委員会」で議決した法案を本会議で審議・採決し、可決すると、その院で法案が可決したことになります。本会議での審議は、ほとんどが、委員長による委員会での審議経過と結果の報告のあとにすぐ採決を行うので、あまり意味はありません。ただし、重要な法案に関しては、委員会で話し合う前に、本会議で趣旨説明や質疑応答を行うことがあります。どちらにせよ、実質的な議論は委員会で行われているのです。

参考文献:大山礼子『国会学入門 第2版』(三省堂)


選挙制度改革なくして、解散なし?


 2012年8月23日現在、政府・民主党は、最高裁が2009年の衆議院選挙の一票の格差が違憲状態であると判断したことをふまえて、小選挙区5議席、比例定数40議席を減らすことを柱とする衆議院の選挙制度改革法案を、9月8日までに衆議院で採決する構えを見せています。野党の自民党、公明党はこれに反発し、衆議院で審議拒否し、参議院での首相の問責決議案の提出を検討しています。つまり、参議院でこの法案が可決、成立する見込みは、現状ないということです。

 さて、これは「解散の先送り」になるのでしょうか?

 これが解散の先送りになるには、「選挙制度改革法案が成立しなければ、衆議院の任期満了まで解散=選挙できない」という前提が必要となります。しかし、任期満了したときに選挙しないわけにもいかないことは明白です。「任期満了までに選挙制度改革ができるよう努力する」「選挙制度改革ができない前提で話すのはおかしい」という考え方もあるでしょう。ですが、実際、任期満了までに成案を得られなかったらどうするのでしょうか?

 また、もし解散や選挙ができないとすると、最高裁の要請による選挙制度改革法案によって首相の解散権どころか、国民の選挙権も制限されることになります。言い換えると、最高裁判所は国民の選挙権を奪うことができるということです。そもそも、裁判所は選挙を中止できるのでしょうか。

 できるわけがありません。裁判所が総選挙を差し止める判決を出したとして、選挙差止を実現する法的根拠が明らかでないからです。つまり、裁判所に選挙を止める力はありません。また、裁判所で定数配分を決めるのも無理です。裁判所が独自に公職選挙法を改正するが如き行為は、憲法第41条「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」に違反するからです。

 解散・総選挙の実施と選挙制度改革法案の成立は関係ないと見るべきです。

参考文献:柴田孝之『論文基礎力養成講座 憲法』(日本実業出版社)


解散を目指す以外の方法は?


 今まで、自民党が首相に衆議院の解散を約束させることは不可能、ということを延々と書いてきました。では、自民党は早期解散を求める以外に、何を目指せば良いのでしょうか。

 自民党は、首相が解散してもしなくても、政権獲得につながるように行動しなければなりません。自民党の強みは、参議院総議席数242議席のうち、87議席を動かせることです。ちなみに、与党民主党は88議席を掌握しており、その差はわずか1議席です。

 この87議席を使って、政府民主党が成立を目指す法案に協力するかわりに、なんらかの利益を得ようとすることができます。ここまでは、参議院での法案成立と引換に解散を求める戦略と同じです。この戦略は、解散を目当てにしないならば、一定の効果を得ることができます。

 例えば、法案成立に協力するかわりに、自民党に有利になるよう法案を修正させることができます。すでに、3党合意のときに、自民党と公明党は民主党の政策を取り下げさせています(年金交付国債発行の取り下げ、など)。

 この武器を、衆議院の選挙制度改革の議論で存分に振るい、自民党に有利な選挙制度になるようにすることで、次の衆議院選挙を有利にすすめることができるかもしれません。また、選挙制度改革に限らず、政府与党がすすめる様々な政策において、自民党の意向を反映させることを目指せば、事実上、国政を左右しているのと同じことになります。単に、政府の役職がないだけです。

 しかし、政府の役職につくことこそが重要なのかもしれません。事実だけでなく名目が伴わないとならないのだとすると、衆議院で多数を取り、政権を取らなければならないことにかわりはありません。つまり、政府与党案を自民党色に染め上げたところで、次の選挙で勝てなければ無意味なのです。

 ただし、政権を取る方法は選挙で勝つだけではありません。前回の衆院選のマニフェストに反する政策を強いることで、民主党の議員をどんどん離党させ、衆議院における民主党の議席数を過半数割れに追い込めば、衆議院の各派の思惑次第で、民主党抜きで連立政権を組むことができるかもしれません。

 とはいえ、これは希望的観測です。民主党議員が民主党の執行部、つまり、代表(=首相)、幹事長などが自民党に対して弱腰すぎる、要求を聞きすぎる、ということになった場合、離党と執行部交代のどちらを選ぶかと言えば、執行部の交代を選ぶでしょう。民主党を離党して尚、政権に関われるかどうかは不透明だからです。また、小選挙区制は少数政党に厳しいと言われているので、例え敗色濃厚だとしても民主党に残ること選んだほうが合理的です。離党してしまったら、自らの票を獲得する原動力のひとつである、地方組織や支援団体の助けも得られませんから、なおさらです。

 自民党をとりまく現状は厳しいです。しかし、野党がしっかりしないと国会はダメになるので、知恵をしぼって頑張って欲しいところです。国民の立場からすれば、自民党が勝とうが、民主党が勝とうが、はたまた、その他の党が勝とうが、日本が良くなればそれでいいのですから。


昭和4年の就職ガイド本


 今日から休暇で、神保町に行ってきました。興味深い本を買ったので紹介します。
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 ●壽木孝哉『就職戦術』(先進社)
 大学生や専門学校生向けの就職ガイド本です。奥付を見ると、昭和4年12月5日発行となっています。1929年です。この年の7月に濱口雄幸内閣が誕生し、10月には世界恐慌の引き金となるブラック・サーズデーが起こっています。日本はそれ以前から長い不況に苦しんでいました。この本によると、1929年の時点で学校卒業生の就職率はぎりぎり5割をキープする、という水準だったそうです。
 
 本の内容は、就職難にいかに立ち向かうべきかという心構えや、有名な企業の選考委員が求めている人物像、就職活動をするにあたっての注意、有名企業の就職試験科目や面接での頻出する質問の紹介、企業の待遇一覧、景気に左右されない職業とその就職方法の紹介、女性の就職について、と当時の学校卒業者の就職のほとんどを網羅しています。
 
 パラパラめくってみると、手紙の書き方を説明する箇所がありました。『自分の方に御の字を使った手紙を書く青年が多いが、是れは丁寧の心算(つもり)でその実誤っているのである。』とか、『月日の記入を忘れ又自分の住所番地の記入を忘れる人がある』とか、『郵便切手は真直(まっすぐ)に貼るべきである。』とあるのを見ると、昔もおっちょこちょいな人はいたんだな、となんだかホッとします。
 
 他にも、「確かに不況で求人はないが、それは個々人にとっては関係ないことだから、経済状況など心配せず就活を勝ち抜け」というようなことが書かれていたり、「不況も原因のひとつだが、学校経営者が学生をあまりに増やしたのも就職難の原因」というようなことが書かれていて、不況下の就職活動の心構えは現代で言われているものとあまり変わらないようです。
 
 むしろ、マクロ経済学が誕生するかしないかという時期の言説と、現代の就職に関する言説があまり変わらないのは、就職難についての認識に進歩がないからではないかとも思え、不安になります。就職活動指南で経済状況を云々してもしょうがないのはもっともではあります。しかし、厳しい状況を生き抜いていく若者への配慮が足りないのではないでしょうか。「政府には今後も不況対策に全力を尽くすよう声をあげていくけれども、君たちは己の才覚でなんとかこの厳しい状況を勝ち抜いてほしい」と言う人がいてもいいと思います。
 
 この『就職戦術』、いまの就職ガイド本と比べながら読んでみると、面白そうです。現代の就活生と、昭和初期の就活生?の違いなどがわかるかもしれません。

日本共産党の組織図2


 昨日に引き続き、日本共産党の組織を見ていきます。

 共産党は、支部-地区委員会-都道府県委員会-中央委員会という組織構造になっています。支部、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会のことを「指導機関」と呼びます。

 民主集中制においては、一級上の指導機関の命令には絶対服従が求められます。例えば、支部の一級上の指導機関は地区委員会なので、地区委員会の指導に各支部は従わないといけないのです。このことによって、組織が大きくなっても中央から末端まで統一した意思に基づく行動ができるようになります。まさに、みんなで一丸となって目標に向かうことができるのです。

参考文献:筆坂秀世『日本共産党』(新潮新書)

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