衆議院の選挙制度改革がうまくいかない場合、最高裁は次の衆議院総選挙について「選挙無効」の判決を出すかもしれないと、一部で言われています。しかし、本当に選挙無効の判決を出せるのでしょうか。
選挙無効の判決には、達成のためのハードルがいくつかあります。以下のようなものです。
- 最高裁は選挙を無効にする力がある
- 現職だろうが新人だろうが、違憲状態の選挙は無効にする考えである
- 最高裁は理想の選挙制度を確実に把握している。すなわち、唯一の立法機関である国会が当然採用すべきである選挙制度を、最高裁はもう知っている
1はすべての前提です。いくら最高裁判所が選挙無効を宣言したところで、国会議員が一人も辞職せず、選挙管理委員会や総務省が選挙を行わなかったら、なんの意味もありません。そういう事態になったが最後、司法の権威は地に落ちます。
2はもうちょっと感情的な話です。すでに国会議員であった現職議院の当選が無効になるならば、「在任中に選挙制度改革に真剣に取り組まなかったからだ」といういわゆる自業自得論が成り立つ可能性があります。しかし、今まで議員でなかった新人の当選者にとってはあずかり知らないことです。その新人議員の当選を無効にすることは、選挙民の意思を無視することは、果たして許されるのでしょうか。
さらに言えば、新人議員はすでに選挙資金を使い尽くしており、選挙無効になったあとの選挙に出馬できない可能性があります。資金力という点では、現職議員の方が有利な場合が多いでしょう。選挙無効にすることによって、かえって「違憲状態」を放置した議員が当選し、よりよい新人議員の誕生を阻害するというマイナス効果がありえます。これは、民主主義として正しいのでしょうか。
3は立法権の問題です。現行の憲法では、国会が唯一の立法機関となっています(憲法41条)。もし、憲法が法律で定めるとしている選挙区の定数配分(憲法47条)を、最高裁が左右できるとなったら、国会が唯一の立法機関であるとしている憲法と矛盾します。これは、看過できない憲政上の危機です。
もし、憲政上の危機にならないとしたら、「この世には唯一の理想の選挙制度があり、そういう選挙制度を作るのは国会として当然、いや、常識とさえ言える」という世界観が必要です。その世界観を共有する者どうしだったら、最高裁が選挙制度を消極的にではなく、積極的に云々していくことが許されるでしょう。
もしくは、最高裁の判決は選挙全体を無効とするものではなく、投票価値を著しく毀損している特定の選挙区の再選挙ができるだけであるとするなら、問題は少なくなります。
以上で見た通り、行われた選挙全てを無効にすることは難しいです。選挙制度の改正は、事実上、また、制度上、国会にのみ任せされていると考えた方がいいでしょう。つまり、国会議員が本気にならない限り、選挙制度は改革されないということです。