ここまで読んできたあなたは、だいぶ国会の「お約束」に詳しくなったはずです。これで準備が整いました。最後に予算審議の日程を予想する方法を一緒に見ていきましょう。毎年通常国会の前半で行われる本予算の審議の流れは、形式が決まっていて予想が立てやすくなっています。審議の予想方法をとおして国会の日程感をつかみましょう。
「本予算」とは、来年度予算案のこと
本予算とは新年度の当初予算案のことです。次の年度の1年間で国がつかうお金の予定が決められています。「当初」とついているのは、年度の途中で追加でお金を使いたいときに編成する「補正予算」と区別するためです。本予算と補正予算では、本予算のほうがお金の規模が大きくなります。
本予算の審議は必ず通常国会で行われます。なぜなら、国民の代表である国会議員が国のお金のつかいみちを決定する「財政民主主義」という考え方があるからです。したがって、4月から新年度がはじまる以上、政府とそれを支える与党には3月末日までに予算案を衆参両院で可決、成立させる義務があります。そして、通常国会の召集は1月です。そこで、通常国会の前半である1月から3月を、本予算の審議に費やすことになるのです。
本予算は財務省主計局で編成し、閣議決定を経て国会に提出されます。この閣議決定は毎年12月下旬に行われます。もし、閣議決定が1月にずれ込むと、その分予算審議の開始が遅れてしまいます。
通常国会は演説からはじまる
通常国会が召集されて、初日に行われるのが政府4演説です。総理大臣の施政方針演説、外務大臣の外交演説、財務大臣の財政演説、経済財政政策担当大臣の経済演説の4つを本会議で行います。なお、衆議院と参議院は独立した存在だという建前があります。まったく同じ内容の演説を衆参の本会議で二度行うのはこのためです。
4演説のあと、慣例では1日以上おいてから代表質問がはじまります。それぞれの演説を受けて、各会派の代表が本会議で総理大臣、外務大臣、財務大臣、経済財政政策担当大臣に質問します。1日おくのは「演説を聴いたあとに質問を考える時間を作るため」という理由があるそうですが、与党が強気の場合は演説の翌日に代表質問に入ることもあります。それによって野党が反発するという場面もよく見られます。もちろん、これは演説の翌日が平日の場合です。演説が金曜日に行われた場合は、土日で2日あくためか、野党も納得したかたちで月曜から代表質問に入ります。
代表質問は衆議院と参議院で2日ずつ、3日間にわたって行われます。4日間にならないのは、衆議院の2日目の代表質問を行う日に参議院の1日目の代表質問が行われるからです。
召集日が金曜日のパターンの代表質問終了までの日程をカレンダーであらわすと、次のようになります。
先に補正予算から審議する
通常国会に今年度の補正予算案が提出されることもあります。補正予算案がある場合は、本予算の審議よりも先に補正予算の審議が行われます。ただし、予算委員会で行う趣旨説明は、補正予算と本予算を一括して同時に行うことがあります。衆議院予算委員会での趣旨説明は、参議院の代表質問2日目に行われるパターンが多く見られます。
補正予算の審議は、衆参ともに2、3日ずつというのが相場です。日数は少ないですが、最初と最後に基本的質疑と締めくくり質疑を行います。ちなみに、予算委員会は連日審議することができます。他の委員会は、国会が召集されるたびに設置される、特定の政策に関する法案を審議する「特別委員会」をのぞいて、決められた定例日以外になるべく会議を開かない慣例になっています。そのような委員会で定例日外に会議を開こうとすると、それを理由に野党が反発したり、開けたとしても「われわれ野党が定例日外の委員会を開くことを許してやっている」という嫌味をいわれたりします。
補正予算を先に審議することと、審議時間の相場が2日くらいであること、そして委員会を連日にわって開けること。これらをふまえると、補正予算成立までのカレンダーは次のようになります。
予算案採決までの日数は14日〜17日が相場
3章で見たとおり、本予算の審議は基本的質疑からはじまります。予算委員会の質疑は、基本的質疑、一般質疑、集中審議、締めくくり質疑の4種類がありました。これらの質疑は、一回の委員会でまとめて行われることもあります。たとえば、基本的質疑の最終日に総理大臣らが退席して一般質疑に移ったり、集中審議のあとに一般質疑に移ったりします。
そのため、単純に「この日は集中審議」と決めつけるのは正確性にかけます。ただ、時間でわけるとさらにわかりにくくなります。ここでは、一般質疑のみであれば一般質疑の日と数え、基本的質疑や集中審議、締めくくり質疑が数時間入った日はそれぞれの質疑の日として数えます。
4つの質疑の所要日数は次のようになります。
・基本的質疑:3日
・一般質疑:3〜6日
・集中審議:3〜5日
・締めくくり質疑:1日
締めくくり質疑が行われる日は質疑が終局する日です。質疑が終局すると、ただちに討論と採決に入る慣例になっています。つまり、締めくくり質疑から採決までは同じ日に行います。
質疑の他に、なくてはならないのが公聴会です。公聴会は、予算委員が公述人から意見を聞き、質疑応答するもので、地方に予算委員を派遣して行う「地方公聴会」と、国会で行う「中央公聴会」の2種類があります。いずれも予算案採決のための必須条件です。
さらに、締めくくり質疑前に行うものとして、衆議院では分科会、参議院では委嘱審査があります。衆参で審議の形態は違いますが、「予算案をいくつかの分野にわけ、同時並行で審議を行うことで審議の便宜をはかる」という目的は一緒です。分科会は予算委員が審議をする点、委嘱審査はそれぞれの分野に関係のある委員会で審議をする点に違いがあります。
地方公聴会と中央公聴会はそれぞれ1日ずつ、分科会と委嘱審査はそれぞれ2日ずつ行います。
以上をふまえると、予算案採決までに要する予算委員会の開会日数は14日〜17日になります。これをだいたい16日くらいと考えて衆議院通過までをカレンダーであらわすと、次のようになります。
基本的質疑から締めくくり質疑まで、1日も休みなく審議すると2月22日には衆議院を通過するスケジュールになります。ただし、実際は閣僚のスケジュールの都合などで1日〜3日ほど予算委員会が開かれないこともあります。それでも2月27日には衆議院を通過します。
年度内の自然成立は「3月2日」がタイムリミット
予算案が2月27日に衆議院を通過するというシナリオは、与党大勝利といっていいものです。なぜなら、本予算の審議における与党の勝利条件は「3月2日までに衆議院を通過すること」だからです。
なぜ「3月2日」なのでしょうか。実は、1章で説明した衆議院の優越に理由があります。衆議院の優越により、予算案は衆議院を通過してから30日経過した場合、参議院の審議が終わらなくても自然成立します。
この「30日」という日数が鍵です。次の図をみてください。
2日に衆議院で議決された議案の自然成立の日は、31日になっています。要するに、年度末の3月31日までに予算案が自然成立することを狙うならば、3月2日には衆議院を通過させなければならないのです。
3月2日に予算案が衆議院を通過してしまえば、参議院でいくら審議に時間がかかっても、政府は痛くも痒くもありません。新年度から予算案どおりに政策を実行できるからです。
さらに、参議院は自然成立の日よりも前に予算案の採決をする傾向にあります。なぜなら、「衆議院だけあれば参議院なんていらないんじゃないの?」という疑問を国民に抱かせないようにするには、みずからの議決が予算成立に影響を与えない「自然成立」を避けなければならないからです。
3月2日に衆議院を通過すれば、結果的に参議院も年度内に予算案を採決し、円満に予算が成立するのです。政府と与党にとって、これ以上の勝利はありません。
対する野党は、そのような状態を避けなければなりません。そのため、予算案の衆議院での採決が3月2日付近になりそうな場合は、与野党で激しい攻防が繰り広げられ、6章でみたような徹夜国会になることもあります。
ここまで見てきた、
①通常国会冒頭の動き
②補正予算と本予算の審議順序
③14〜17日という予算審議日数の相場
④「3月2日」というタイムリミット
以上の4点をおさえておけば、予算審議の日程が予想できます。たとえば、通常国会の召集日から、今回の予算審議が与党にとってスケジュールに余裕があるのか無いのかがわかります。あとは、その時の社会情勢、政治状況をふまえて自分なりに通常国会の前半を予想できると思います。
このように日程ベースで国会をみる方法は、特定の政策の是非に踏み込まない利点があります。法案から政策を切り離すことで、政策に対する態度の表明を避けながら、限られた日程で法案を通す技術の巧拙を話題にすることができるはずです。
「政治の話題から政策を切り離す」ことは、一般的に政治に対する態度として求められていることと反対かもしれません。しかし、「政策の話題から人間を切り離す」ことは困難です。なぜなら、ひとがある政策を支持するかどうかを決めるのは、そのひとの「思い」だからです。だからこそ、政策について話し合いつつもお互いを尊重してわかりあうことは難しいと、わたしは思います。そもそも、そのような重大な話を気軽にできるのかどうか大変疑わしい。ましてや、知らない人に「なぜ態度を表明しないのか」と詰めよられる筋合いはありません。
憲法には内心の自由があり、意見を表明する自由があります。その一方、投票の秘密のように意見の表明を強制されない自由もあります。これは「意見を表明する自由」があるからには当然備わっているはずの自由ですが、あまり重視されていないように思います。
ある政策に対してどのような態度をとるか。それはもっとも個人的な領域のものです。個人を尊重するのならば、そんなものの表明を強いられることがあってはなりません。まして、態度の表明にとどまらず、「なんらかの政治的な立場にコミットをしなければ民主的な社会で生きる資格がない」かのように責められる筋合いなどありません。
政策そのものは予算がともなった行政の振る舞いという具体的なものですが、ひとりひとりがその是非を判断する基準は思いや理念といった抽象的なものです。しかし、日程は違います。時間という具体的で客観的な基準があります。日程を柱に、日程を決定する国会のお約束の数々をふまえて国会審議をみることは、徹底的に現実をみることなのです。
そして、たったひとつの現実にすべてのひとが共に生きています。現実は、いまを生きているひとびとが共有しているものです。たとえば、そのような現実のなかに「天気」があります。挨拶の際に天気の話をすることがすすめられるのは、天気がその場所にいるすべての人間に共通のものだからだと思います。
つまり、政治を天気の話と同じ気軽さで話すには、国会審議の日程をめぐるバトルを題材にすればいいのです。国会で繰り広げられる日程闘争を話題にすることこそが、政治を身近にする第一歩なのです。
たしかに、「政策不在の日程闘争を話すことに意義があるのか」という反論はあるでしょう。しかし、政策について話すことは既に書いた問題をはらんでいます。また、日程闘争を話題にすることにも意義はあります。日程闘争は、時間と制度を組み合わせたゲームです。与野党の日程をめぐる争いをみることは、自然と「与党と野党が制度に基づいたプロセスどおりの動きをしているか」をみることになるのです。
制度に沿った動きをしているかどうかを検証するのは、民主的な社会を成り立たせるために意義があることです。制度は法律から導かれるものであり、制度を無視することは法律を無視することにつながります。法律を無視することは、「国民が選んだ議員が国会で法律を決め、法律のとおりに行政が動く」という議会制民主主義が危うくなることになりかねません。
政策について話さなくても、政治を監視することはできるのです。
とはいえ、ただ監視するだけでは面白くありません。せっかくですから、国会審議を観客として楽しみましょう。楽しむために必要なことは、カレンダーを読めることと、少しだけ国会のルールをおぼえることだけです。難しい政策の話はわからなくてもかまいません。国会の審議中継を全部視聴したり、議事録をすべて読んだりして、内容を理解しなくてもかまいません。ただ、面白そうなところをつまみ食いすればいいのです。
そして、面白いところがあったら、それをあなたの身近なひとに話してみましょう。政治と聞いて、ちょっと身構えたひとも、政策と関係ない話ならフラットに耳を傾けてくれるかもしれません。
そのようなやりとりが増えて、食事の席の話題として政治があがるようになると、もっと面白い政治の見方が出てくると思います。どんどん政治を面白がって、ついでに政治家の監視もしてしまいましょう。それだけで、あなたも政治に参加することになるのです。
この連載は、以下の本に収録されています。本でまとめて読みたい方はこちらをどうぞ!