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与党と野党の役割は違う:もっと楽しく政治の話をするための国会のルール2


 国会審議のルールを説明する前に、与党と野党が何を目指して行動しているかを見ていきましょう。与党も野党もそれぞれ自分たちの目的を達成するために国会で行動しています。目的は、ゲームの勝利条件のようなものです。国会において与党と野党は役割が違います。役割の違いにより、勝利条件もそれぞれ違います。与党と野党の役割の違いを知ることで、それぞれの行動を客観的に評価できるようになるはずです。

法案成立を目指す与党、成立阻止を目指す野党

 いきなりですが、国会審議をゲームと思ってみてください。このゲームのプレーヤーは与党と野党の2者です。

 与党というのは、首班指名選挙で総理大臣になった国会議員に投票した政党です。首班指名選挙で他の政党に勝てる与党の議席は、衆議院の過半数を超えています。過半数の議席を持っているからこその「与党」なのです。

 与党の国会議員のなかには、財務大臣や外務大臣など、政府の幹部に就任し、政府の仕事をする人たちがいます。この人たちは総理大臣ともども、三権のうちの「政府」の立場の人間として扱われます。国会議員ではありますが、仕事の中心は国会ではなく役所です。政府に入らなかった与党議員は国会審議に専念します。ニュースで「政府・与党は〜」という言いまわしがよくでてきます。この「与党」こそが、政府に入らなかった人たちなのです。

 与党の目的は、数多くの政府提出法案を可決、成立させることです。しかも、国会は限られた期間しか活動しません。そのため、会期内に確実かつ効率的に法案を処理していく必要があります。

 一方、野党というのは与党以外の政党です。与党よりも議席が少なく、首班指名選挙で勝てなかった政党すべてを指します。野党議員は政府に入りません。政権に加わらず、議席も少ない野党には、何かの政策を当事者として実現するチャンスがほとんどありません。

 野党の目的は、ひとつでも多くの政府提出法案の成立を阻止することです。なぜ政府と与党の邪魔をするのでしょうか。たいていの野党は、与党に反対する国民に投票してもらって国会の議席を得ています。もし国会で与党の邪魔をしなかったら、野党に投票してくれた人たちの期待を裏切ってしまうことになりかねません。もちろん、反対する必要のない法案には野党も賛成します。成立している法案のなかには、野党が賛成しているものもあります。

 与党は法案を成立させたい。逆に野党は法案成立を阻止したい。この関係をおさえておけば、国会というゲームをより楽しめるようになります。

 ところで、野党と野党支持者の「反対」は決して一様なものではありません。与党が進める政策について、それを阻止しようとする「反対」もあれば、そんなものは手ぬるいからもっと徹底的にやるべきという「反対」もあります。同じ「反対」でも方向性は大きく異なるのです。

 たとえば、ある法案について野党のうちの一政党が与党に賛成したからといって、「野党の役割を果たしていない」ことにはなりません。国会には野党である政党が複数存在しており、「野党」とひとくくりにいっても、それぞれの政党と支持者が目指すものは異なるからです。

野党は採決させないように行動する

 さて、このゲームは野党が圧倒的に不利です。なぜなら、採決するときに過半数を超える賛成があれば、法案を可決させられるからです。与党は過半数の議席を持っているから与党になっています。最初から勝利条件をひとつ満たしている状態で、採決さえすれば必ず法案は成立します。そのため、議席が少ない野党に勝ち目はありません。では、そんな不利な条件の中、野党はどのようにして与党に対抗するのでしょうか。

 採決したら与党が勝ってしまうのだったら、採決させなければいい。これが野党の戦い方の基本方針です。採決しなければ法案は可決せず、もちろん成立もしません。つまり、採決の時期を遅らせれば遅らせるほど、法案の成立を先のばしできます。

 もし、国会の会期の最終日まで採決させなかったら、法案はどうなるでしょうか。原則として廃案になります。廃案になった法案を成立させたければ、次の国会が召集されたとき法案の提出からやり直さなければなりません。前の国会でどれだけ審議を重ねていても、次の国会ではゼロから審議がスタートです。法案の提出と国会審議の対応に膨大なエネルギーを注いでいる政府と与党にとって、廃案は大きなダメージになります。前の会期の審議過程が次の会期に反映されないことを、「会期不継続の原則」と呼びます。会期不継続の原則こそが、最初から劣勢である野党の数少ない武器のひとつなのです。

 野党にはもうひとつ武器があります。「この日に質疑をやろう」「この日に採決しよう」というように、委員会の審議日程を決める理事会です。理事会は各委員会に置かれます。構成員は、委員長と委員会に所属する主な与野党議員の代表者である「理事」です。この理事会の決定は、原則として全会一致でなければならない慣例になっています。全会一致ということは、たったひとりでも反対する理事がいたら否決ということです。単なる多数決で決めないというこの慣例のおかげで、野党は少ない人数でも採決の先送りを実現できるのです。

与党は採決する環境を整えることが仕事

 さて、そうなると今度は与党が困ります。ずっと野党に採決に入るのを反対されては、どんなに頑張って審議しても、どれだけ選挙でたくさん仲間の議員を増やしても、永久に法案を成立させることができないからです。まさに攻守の逆転です。次はあれだけ優勢だった与党が対抗手段を考える番です。

 与党の対抗手段が、悪名高い「強行採決」です。野党が反対しているのにもかかわらず「採決」を「強行」することを「強行採決」と呼びます。「強行」というのは、審議日程を理事会の全会一致で決めるという慣習に反しているという意味が込められています。ただし、法律違反ではありません。法律上、委員会の議事進行は委員長の一存で決めることができるからです。

 法律違反でないとはいえ、強行採決をすることに問題はないのでしょうか。国会は話しあうところです。話し合わずに多数決で決めてしまうことさえもできる強行採決に、問題がまったくないことはありません。しかし、いくら全会一致で決めるという慣習があるとはいえ、何も決めないならば国会の存在意義がなくなります。野党は支持者の代理人として議事進行を妨害していますが、与党も支持者の代理人として法案を成立に導く責任があります。たとえ野党の反対があろうと、どこかで審議を進めなければならないのです。

 ちなみに言葉の定義上、野党理事のひとりでも反対したら強行採決になります。極端に短い審議時間で採決を強行した場合でなければ、強行採決を批判することにあまり意味はありません。どれだけ審議を重ねていても、与野党で対立している法案の採決に、野党はたいてい反対するからです。

 強行採決がやむを得ない場合があるとはいえ、安易に乱発すると「強引な国会運営」であると批判され、内閣や政党の支持率に悪影響を及ぼす可能性があります。支持率が悪くなると、次の選挙で苦戦してしまうかもしれません。国会議員として活動するには、選挙を勝ち抜く必要があります。選挙に悪影響がでることはなるべく避けるべきです。

 そこで、与党は世論の批判を受けないように、できるだけ野党の協力を得て審議を進めようとします。野党が欠席した状態で審議を行わないように野党に出席をうながしたり、野党が望む質疑をするために総理大臣を出席させたりします。審議を充実させて、野党に採決を容認させる作戦です。

 「充実した審議」といった場合、客観的な指標として使われるのが審議時間です。「審議時間を○○時間とったので、議論を尽くした」という形にします。ただ、審議時間を重視するあまり、変なことも行われています。野党が欠席した審議で、野党の質問時間分みんなが待ち続けるという「空回し」という技があります。これは、野党が審議拒否している間でも審議の実績時間を増やすための手法です。

与党と野党は立場が違うので行動も違う

 国会審議というゲームでは、与党は審議を進めようとし、野党は審議を遅らせようとする。この関係を把握しておいてください。与党も野党も、ゲームのプレーヤーとして最適な行動をしています。審議拒否も採決の先送りも、野党不在の審議や強行採決も、ゲームの勝利条件を満たすための行動にすぎません。プレーヤーとしての立場が変わったら、旧野党は強行採決し、旧与党は審議拒否します。実際に、2009年の自民党から旧民主党への政権交代で国民が目にした光景です。

 審議拒否や強行採決は行為自体に問題はありません。少なくとも法律違反ではありません。審議拒否をしたとか、強行採決をしたとかいうだけで評価を決めるのは気が早いです。それらの行動がゲームの勝利に役立ったかどうかで評価をするべきです。たとえば、審議拒否によって野党は与党からどのような譲歩を引き出せたのか、強行採決をしても問題ない程度の手当てを与党は野党にできているか、という見方が必要だと思います。


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