■効率化
限られた時間を有効に使うため、無駄を省いて目的を確実に達成するということは、私たちにとって悪いことではありません。すすんで取り組むべきことですらあるかもしれません。
私たちが日々スケジュールと目標達成に気を使っているように、政府もスケジュールに気を使っています。
■政府のスケジュール
政府は年間100本程度の法案を提出しており、その大部分を通常国会の150〜250日で処理しなければなりません。通常国会の会期は150〜250日ですが、予算案は法案より先に審議しなければならない、という慣例により最初の60日程度は予算審議のために費やされます。また、日曜祝日はもちろん、土曜日もほぼ休みなので、さらに32日〜60日引かれます。ですから、法案全体の実質的な審議可能日数は58〜140日となります。
ひとつの法案につき、委員会を通過するのに必要な日数は、最低でも2日です。それに本会議採決を加えて3日。さらに、日本は二院制をとっているため、2倍して6日。委員会を省略しない場合、一つの法案を処理するのに最短でも6日はかかります。仮に通常国会で提出する法案が100本あったとすると、すべての法案を成立させるには、のべ600日かかることになります。
本会議での採決は、一日で複数の法案を扱います。また、委員会の数は30ほどあるので、すべての委員会にまんべんなく法案が付託された場合、ひとつの委員会で処理する法案は4本程度になります。したがって、すべての法案が最短で審議・採決された場合、4本×6日=24日、24日ですべての法案が処理できます。あれ、意外と楽勝な数字になりました。
ここで出した数字には、2つの前提があります。ひとつは「野党が(賛成という意味ではなく)審議に協力的であること」。そして、もうひとつは、「与党が政府提出法案に賛成すること」という前提です。与党内で事前に合意を得ずに国会で法案を審議したら、時間も足りないでしょうが、法案成立の目処が立つかどうかすら怪しいです。
■与党が反対した場合
2005年の郵政解散のもとになった郵政民営化法案は、与党内審査をしたことはしました。この法案には根強い反対があり、与党内審査の最終ステージである自民党総務会は苦しい決定をします。法案の国会提出だけを了承する、というものです。これで法案はなんとか国会に提出されました。
しかし、法案の国会提出後も、自民党では修正案の審査が行われます。それほど反対派は強硬だったのです。結局、修正案はなかなか合意を得られず、自民党総務会は多数決で修正案を了承するところまで追い込まれました。自民党の与党内審査では全会一致で物事を決めるのが慣例になっているので、これは大変なことでした。与党内での強行採決が行われたようなものです。
郵政民営化法案の修正案は5票差で衆議院を通過しましたが、参議院では17票差で否決されてしまいました。ここから、当時の小泉首相は衆議院を解散して大勝利。296議席を獲得します。そして、民営化の時期を半年延長した郵政民営化法案を国会に再提出し、衆参両院で可決され、やっと成立しました。
与党できちんと了承されていない法案を成立させるのが、いかに大変かということがわかります。
■「決める政治」のための効率化、結果としての形骸化
この例は極端ですが、こういう波乱を減らすために、官僚は根回しをし、与党で事前に法案を検討してしまうのです。スケジュールを確実にこなすための、効率化と言えます。これは悪いこととは言い切れません。政府として責任ある行政をするには、根拠となる法律が確実に成立することが不可欠だからです。
責任ある行政、つまり「決める政治」を行うため、法案の成立を確実にしようとすればするほど、与党内審査で与党の意思をがっちり固めようとします。与党が賛成でまとまっていればいるほど、数において劣る野党にはなすすべがなくなり、国会は諸々の審議過程を消化するだけの場所となります。
効率化と「決める政治」、どちらも大切です。ただ、それらの言葉と政治主導という言葉は、国会の形骸化という点で、時に相反することがあるようです。
参考文献:大山礼子『日本の国会』(岩波新書)