儀式としての国会審議


 清野正哉『国会とは何か 立法・政策の決定プロセスと国会運営』(中央経済社)によれば、与党も野党も、法案審議において所定のプロセスを経たかどうかを重視しています。

 たとえば、委員会での法案審査は提案者の趣旨説明から始まるのですが、審査の初日は趣旨説明だけで終わってしまいます。趣旨説明に必ず一日かけるのです。そして、趣旨説明が終わらない限り、質疑にうつることはありません。質疑に入らなければ、総質疑時間を貯めることができず、野党の審議が不十分という批判に反論できなくなります。

 審査において所定の手続きを踏むことと、総質疑時間をある程度確保することが求められており、実質的な議論があるかどうかはあまり関係がないようです。もはや、国会審議そのものが一つの儀式になっているとも言えそうです。

 このままでいいのかどうかはよくわかりません。日本は議院内閣制で、内閣は国会に信任されて初めて成立します。国会の、少なくとも第一院である衆議院の多数派が内閣を支持していることが前提になっているのです。

 議院内閣制であること、国会での審議が多数決で決まること、内閣提出法案は与党であらかじめ審査済みであることを考えれば、法案を国会で審議する余地はあまりなく、国会での審議がどうしても形式的になってしまうのうは止むを得ないように思えるからです。

 もし、よくないのなら、変えていかなければなりません。国会で実質的な議論を行うインセンティブを制度改革などによって作り出す必要があります。

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