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自然成立の30日はどう数えるか?


■予算に関する衆議院の優越

 2013年4月15日現在。明日16日に、2013年度予算案は衆議院予算委員会と本会議で採決される見込みです。予算委員会でも本会議でも、自民党・公明党の与党勢力が過半数を占めているので、予算案は可決されることになります。

 衆議院での採決が終わると、予算案は16日中に参議院に送付されます。参議院での審議は、17日には党首討論が、18,19日はG20があるため、来週4月22日以降に行われると見られます。17日以降は、首相や財務大臣を参議院予算委員会が確保できないからです。

 参議院での審議はありますが、衆議院で可決されてしまえば予算案はもう安泰です。憲法60条2項があるからです。

憲法60条2項
 予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

 参議院に予算案を送付してから30日以内に採決されない、もしくは、採決されて否決された場合でも、予算案は衆議院の議決通り可決成立するからです。

■30日をどう数えるか?

 この30日は、どう数えるのでしょうか。参院に送付された4月16日から1日ずつ数えていくのでしょうか?そして、自然成立は30日目の5月15日になるのでしょうか?それとも、その翌日の5月16日?ここ最近、予算案の自然成立について考えるとき、いつも悩んでいました。

 その悩みが、先週解決しました。2013年4月13日付の読売新聞朝刊、『予算案、16日衆院可決へ』という見出しの記事に、次のように書いてあったのです。

予算案は16日に参院に送付され、遅くとも30日後の5月15日には自然成立する。

 読売新聞によれば、参議院に予算案が送付された日から「30」とカウントダウンが始まり、カウントが「1」になったところで自然成立する、と考えて良いようです。新聞がこういうところをきちんと書いてくれると、政治を楽しむ立場からすると非常に助かります。

 


厚労委の30分・3


 「厚労委の30分」は、2013年3月19日の衆議院厚生労働委員会の審議が30分中断したことについて分析する連載です。「厚労委の30分・1」では、討論が終了したら、すぐ採決になるという委員会審査のルールがあることを確認しました。「厚労委の30分・2」では、民主党の党内手続きが遅れたことについて考えました。

■困る委員長

 2013年3月19日、衆議院厚生労働委員会。与党理事は、

「審議を中断するのなら、委員長から『民主党の党内手続きを待つために中断する』と中断理由を説明してほしい」

と要求します。この要求に対し、厚生労働委員長は

「これから速記を止めるので、理事から委員に説明してほしい」

と返します。しかし、与党理事は

「委員会なのだから、委員長がしかるべき説明をすべきだ」

と譲りません。

 困った委員長は、委員長席の左側のスペースに控えていた人物に話しかけます。

「こういう場合に、委員長が中断理由を説明するパターンはあるのか」

■国会職員という人々

 委員長が話しかけていたのは、議員ではなく衆議院事務局の職員だと思われます。いわゆる国会職員です。国会職員は、国会審議が円滑に行われるよう働いています。警備をしている衛視も国会職員ですし、本会議場で議長の隣に座っている事務総長も国会職員です。

 国会職員の中には、国会法、議院規則、先例集のエキスパートがいます。国会審議が儀式だとすれば、式次第のエキスパートです。いつも同じように審議が行われればいいのですが、時にイレギュラーな事態がおこります。今回の厚労委で起こったことがそうです。そのようなとき、法律、規則、そして先例からどのように事態に対応するかアドバイスすることも、国会職員の職務のうちに入ります。すべては、国会が国権の最高機関としての機能を全うするためです。

■黒子

 国会職員は委員長に何事かを説明します。説明を受けた委員長は、与党理事に「『民主党の党内手続きを待つため』と説明する」と言い、理事全員を席に返しました。

 そのまま議事進行しようとした委員長ですが、あまりにイレギュラーな事態だからかほんの一瞬言葉に迷います。そこですかさず、先ほどの職員が小声で委員長に促します。適当な表現ではないかもしれませんが、まるで黒子のようです。

「(この際ご報告いたします。)」

「この際ご報告いたします。予防接種法の一部を改正する法律案について、民主党の党内手続きの終了を待つため、しばらく皆さまには、このままお待ちいただくことになります。」

マイクが微かに、「え〜」という声を拾っていますが、委員長は続けます。

「よろしくお願いいたします。…速記を止めてください。」

 かくして、ここから30分程度委員会は中断。みんなで待つことになったのです。


厚労委の30分・2


■納得いかない与党理事

 「厚労委の30分」は、2013年3月19日の衆議院厚生労働委員会の審議が30分中断したことについて分析する連載です。前回は、討論が終了したら、すぐ採決になるという委員会審査のルールがあることを確認しました。

 討論が終了し、さぁ採決!…となったところで、厚生労働委員長は理事を集めました。委員長は、「民主党の手続きが終わるまで討論の終局を宣言せずに待つことになる」と理事に説明します。

 納得いかないのが与党理事です。「他の党はすべて手続きを終えて委員会に臨んでいる。民主党だけが党内手続きを終えていないために審議を中断するというのはおかしい」というわけです。そして、委員長に「民主党の手続きを待つために中断すると宣言してほしい」と要求します。

■党内手続きが終わってない!

 ここで言う「党内手続き」とは、党として法案の賛否を決める手続きのことです。現在、民主党は「次の内閣」という機関で法案の賛否を決めているようです。この「次の内閣」で法案を了承する手続きが終わっていないために、討論のあと、ただちに採決することができませんでした。

 与党理事の不満は、「採決する予定の委員会に臨む前に、法案への態度を決める党内手続きを終えるのが当然だ。党内手続きが終わっていないというのは、民主党の怠慢か、さもなくば意図的な議事妨害だ」という点にあります。この見方は妥当でしょうか。

■民主党の言い分

 民主党にも言い分はあります。『「巨大与党の傲慢、信義にもとる行為」 自民党の発言に?木国対委員長が抗議』という表題の民主党公式サイトの記事で以下のように弁明しています。

 会見には衆院厚生労働委員会筆頭理事の山井和則議員も同席、本来水、金曜日が定例日である同委員会の審議に関して、与党側からの「予防接種法の一部を改正する法律案(予防接種改正法案)をどうしても19日に採決してほしい」という強い要請があっため、これに応え予備日である火曜日の法案審議を行ったものであり、採決前には当然党内手続きが必要であったと経緯を説明。通常1日に採決する法案は1本であるところ、予防接種法改正案のみならず「再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための試作の総合的な推進に関する法律案」(再生医療推進法案)とあわせて2本採決したとも述べ、「筆頭間協議、理事会で全政党合意のもと、法案の採決は元々5時過ぎとの段取りになっていた。急に止めたわけではない」「理事会合意したことに対し野党を批判するのは感覚がおかしい。正常な委員会運営はできないのではないかと思う」と与党の姿勢を批判した。

 つまり、「今回の問題は、与党の要求に応じて迅速な審議に協力したために、民主党の党内手続きが間に合わなくなってしまって起きた事態である。審議に協力したことに関し、与党から感謝されこそすれ、非難される筋合いはない」というように思っているというわけです。

■「日切れ法案」の審議はタイトだが…

 民主党の言い分には一理あります。この予防接種改正法案は、「日切れ法案」です。「日切れ法案」として扱われる法案は、年度末、3月末日までに処理しなければならないので、審議日程は非常にタイトになります。衆参で100を超える議席を持つ政党が自民党と民主党以外にないなかで、「他の党が手続きを終えたのに、民主党が終えていないのは怠慢だ!」と、単純に言うわけにはいかないと思います。

 とはいえ、問題がまったくないわけではありません。「日切れ法案」として扱われるためには、与野党で合意している必要があります。逆に言えば、与野党で年度末までに処理しようと決めたからこそ、「日切れ法案」として扱われているのです。すなわち、「日切れ法案」として3月下旬に審議されているからには、それまでに党内手続きを完了させることを承知していてしかるべきであったと言えるかもしれません。

 ましてや、委員会採決の段階では民主党を含めた全会一致で「原案の通り可決すべし」としているわけで、党内手続きの何に手間取っていたのだろうかと不思議に思います。そして、手間取るのなら、採決事態を先延ばしするよう理事会で要求すべきだったと思われても仕方がないところであります。

■「話し合い」の困難さ

 しかし、話し合いはロジックと規則だけで決まるわけではありません。厚生労働委員会の委員名簿を見ると、委員会の審議日程などを決める理事8名のうち野党理事は民主党と日本維新の会の代議士の2人のみです。民主党の山井代議士は野党筆頭理事ですが、野党は2人しかいないのです。しかも、同じ野党と言っても、維新の会は野党第一党の座を民主党から奪おうと虎視眈々と機会を伺っている政党で、決して味方ではありません。

 このような状況で、民主党の立場を堂々と主張して、委員会の審議日程を左右することができるでしょうか?私は、なかなか難しいのではないかと思います。

 確かに、衆議院予算委員会は同程度の理事の比率(9人中2人)であるなかで、野党筆頭理事の長妻代議士は自らの意思をガンガン通しています。そのためかどうかはわかりませんが、同委員会の与党筆頭理事は馳代議士から遠藤代議士に交代してます。しかし、大臣を務めた今までの活躍を考えると、長妻代議士は特別と考えるべきでしょう。他の人が長妻さんのようにできるかと言うと、そうではないと思うのです。

 「理事会の決定は全会一致で決まるから、自分が反対すれば決まらない。自分は死んでも反対するんだ。」というのは、言うのは簡単ですが、やるのは難しいです。時の政治的な難題を、気力と体力と弁舌だけで乗り切った、徳川慶喜のような例(四侯会議)は、本当に稀有な例ではないでしょうか。そこに、政治において意外な状況が起こってしまう要因があるのではないかと思います。


厚労委の30分・1


■3月19日、厚生労働委員会

 2013年3月19日、衆議院厚生労働委員会で審議が30分程度中断しました。読売新聞は次のように報じています。

19日の衆院厚生労働委員会で行われた法案採決の直前、民主党が「『次の内閣』で了承手続きが終わっていない」と主張し、30分間近く審議が中断した。

 同委では午後4時40分ごろまで、子ども向けワクチンの定期接種化などを盛り込んだ予防接種法改正案に関する討論が行われ、その後採決する段取りとなっていた。

読売:「法案採決の直前、民主「党内手続きまだ」…中断」より抜粋)

 いったい、何が起こったのでしょうか?

■動画で確認

 衆議院インターネット審議中継で、当日の厚生労働委員会の状況を確認してみました。

 動画の時間で言うと、6:57:10くらいからです。自民党の大久保三代代議士が賛成の討論を終えた直後、厚生労働委員長は理事を集めました。そこで、委員長は「討論はもう終わりになってしまう。この際、あえて討論の終局を宣言せず、速記を止めて民主党の手続きが終わるのを待つことにしたい」という内容の話をしています。

 どういうことでしょうか。

■委員会の手順

 委員会の審査は、法案の提案理由説明→質疑→討論→採決という流れで行います。討論といっても、議員間で意見のやり取りがあるわけではありません。議案に対し、賛成、あるいは反対の立場から自分の意見を述べることを討論と言います。

 今回の予防接種法改正案の場合、討論を申し出たのは自民党の大久保代議士のみでした。普通なら、大久保代議士の討論が終わったら、委員長が「以上で討論は終局いたしました。これより、採決に入ります。」と宣言し、採決することになります。

■討論が終わったら、すぐ採決しなければならない?

 冒頭の記事にもあるように、30分ほど委員会は中断しています。その間も動画は流れていて、委員長や厚生労働大臣がずーっと席に座って待っているのが確認できます。一旦休憩して、民主党の準備ができてから委員会を再開すれば良い気もしますが、おそらくできないのか、かなりめんどくさい手続きになるのでしょう。

 ここから、次のようなルールがあるのではないかと推測出来ます。

    ・討論が終局したら、直ちに採決しなければならない。
    ・いつでも休憩にできるわけではない。

 イレギュラーなことが起こると、ルールが見えてくるような気がします。他にも興味深い点があるので、また書きます。


2013年度予算案の衆議院通過は4月5日か?


2013年3月12日追記:この記事では、「暫定予算」と「日切れ法案」を考慮に入れていません。詳しくは「暫定予算と日切れ法案で、衆院通過は4月11日以降か」を御覧ください。

■昨年の衆議院予算委員会のスケジュール

 2012年度予算を審議する衆議院予算委員会の日程は以下のとおりでした。

  • 基本的質疑:4日(首相出席)
  • 一般的質疑:6日
  • 集中審議:5日(首相出席)
  • 地方公聴会:1日
  • 参考人質疑:1日
  • 公聴会:1日
  • 分科会審査:1日
  • 締めくくり質疑,討論,採決:1日(首相出席)

 基本的質疑は最初に行われ、締めくくり質疑・討論・採決は最後に行われますが、あとのものはバラバラの順番で行われます。一般的質疑や、集中審議も一気に日数を消化するのではなく、断続的に行われ、その間に公聴会などが入ってきます。「(首相出席)」とついているのは、内閣総理大臣が出席することになっているものなので、首相が行事のため国会に出席できない場合はできないことになります。

■2012年度予算の審議日程カレンダー

 昨年の審議日程をカレンダーにしてみます。

2012年 2月
1 2 3 4

5 6 7 8 9
基本的質疑1
10
基本的質疑2
11

12 13
基本的質疑3
14

15
基本的質疑4
16
一般的質疑1
17
集中審議1
18

19 20
一般的質疑2

21
一般的質疑3
22
集中審議2
23
集中審議3
24
地方公聴会
25

26 27
参考人質疑
28
一般的質疑4
29
一般的質疑5

2012年 3月
1
集中審議4
2
公聴会
3

4 5
分科会
6
集中審議5
7
一般的質疑6
8
締めくくり質疑
討論
採決
9 10
11 12 13

14

15

16 17

18 19

20

21 22 23 24

25 26 27 28 29 30 31

■2013年度予算案の衆議院通過は?

 こう並べてみると、2012年2月14日以外は連日予算審議が行われています。まだ調べきれていないのですが、2012年2月14日は基本的質疑の最中なので、閣僚のいずれかに不都合があり国会に出席できなかったため予算委員会を開けなかったのではないかと思います。

 昨年と同じペースで審議が進むとすると、2013年度予算案の衆議院通過は、2013年3月7日からの平日20日間+休み1日で、4月5日(金)になります。

2013年3月12日追記:この記事では、「暫定予算」と「日切れ法案」を考慮に入れていません。詳しくは「暫定予算と日切れ法案」を御覧ください。


今年の基本的質疑は例年並み


■来年度予算案審議開始

 2013年3月7日現在。衆議院予算委員会は、昨日6日に来年度予算案の趣旨説明を行い、予算審議がスタートしました。各党が首相をはじめとする全閣僚を出席させて質疑を行う基本的質疑は、7日(木)、8日(金)、11日(月)、12日(火)と、4日間行われる予定になっています。

■基本的質疑の日数は例年並み

 すでに両院で可決・成立した補正予算や、現在各党が検討している日本銀行の正副総裁人事の日程では、与党は野党に配慮してなるべく審議時間を長くとるようにしました。来年度予算案についても与党は譲歩を強いられるのではないかと思い、昨年の予算審議の内訳を詳しくみてみました。

 国会会議録検索システムで、昨年の通常国会である180回国会の衆議院予算委員会の会議録を調べた結果、昨年の基本的質疑は、2012年2月9日(木)、10日(金)、13日(月)、15日(水)の4日間であることがわかりました。また、2011年も4日間で、2009年から2010年は3日間だったこともわかりました。過去4年間と比べても、今年の基本的質疑の長さは例年並みと言えそうです。


大臣の出席義務と議員の不逮捕特権


■審議と大臣

日本国憲法第63条
内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。

 国会は話し合って物事を決める場所です。話し合いに必要なものは、話し合う人です。ひとりでは話し合いになりません。

 また、ある議題について話し合っているときは、その議題に詳しい人、その議題を提案した人から話しを聞く必要がでてきます。冒頭の憲法の条文は、主な議題の提案者である大臣から、国会が話しを聞くための権利を保障しています。

 この国会の権利は強力で、大臣の出席義務のために、日本の大臣はおちおち海外視察もできないといわれています。大臣が出席しなければ法案審議が進まないため、ただでさえ少ない審議時間を海外視察で減らすわけにいかないのです。

■審議と議員

 同じように、審議に必要な国会議員が何があっても国会に出席できるようにした条項が憲法にあります。

日本国憲法第50条
両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

 いわゆる、国会議員の不逮捕特権として知られているものです。不逮捕特権は、よく「政府の政策に批判的な議員を警察に逮捕させることがないように設けたものだ」と説明されています。

 それもそうなのですが、もうひとつ国会を成り立たせるための理由があります。逮捕されそうな議員が、審議中の法案の起草にかかわっていて、その議員に話しを聞かなければ審議がどうにもこうにも進まない、ということが起こったとします。そういうときは、この条項によって、少なくともその法案の審議の間は、逮捕されそうな議員を国会に出席させることができます。

■どちらも審議を確保するための決まり

 60条も50条も国会審議をしっかりと行うための決まりです。「話し合い」を成り立たせるには、いろいろな工夫が必要なのですね。


強行採決とは


■強行採決のイメージ

 騒然とする委員会室。野党議員に羽交い締めにされそうになりながら、委員長はマイクを握りしめ、声を張り上げます。

 「本案に賛成の諸君の起立を求めます!」

 委員長の叫びに応え、与党議員が一斉に起立します。与党議員が起立するや否や、委員長は宣言します。

 「起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。」

 私の中の強行採決のイメージはこういうものです。

■どうなると強行採決か

 強行採決とは、与野党理事の話し合いがつかずに「採決」を強行することを言います。

 原則として、委員会の議事進行は各委員会の理事会や理事懇談会で決められます。しかも、その決定は全会一致とする慣例になっています。全会一致なので、野党理事が賛成しない限り議事進行は決まりません。

 与野党が激しく対立している議案の場合、野党はありとあらゆる手を使って議事を遅延させようとします。その遅延策のひとつが、採決に応じないことです。採決しなければ、審議は終わりません。いくら与党の議席が多くても、採決して賛成多数で可決しなくては先にすすまないのです。

 よって、どうしてもその議案を通したいときは、与党は数の力を行使するために、強行採決をすることになります。数の暴力をふるうのも結構大変なのです。

■強行採決が必要なときとは

 野党の議事遅延策、議事妨害が厄介なのは、それによって時間を消費してしまうためです。

 政府・与党が成立させなければならない法案はひとつやふたつではありません。夏の参議院選挙を控え、例年より政府提出法案が少ないといわれている今年(2013年)の通常国会でも、その数は60を超えています。政府・与党の立場からすると、審議は十分しなければなりませんが、ひとつひとつの法案にあんまり時間をかけるわけにもいかないのです。あんまり時間をかけると、何一つ決まらない事態に陥りかねないからです。

 国会は審議する場所でもありますが、決めるところでもあります。何も決めないと、それはそれで国会の権威は危うくなります。

 また、与党であるからには、少なくとも衆議院では多数の議席を占めているはずです。ということは、野党より多くの国民の支持を得ているはずなのです。多数の意見もまた、国政に反映させなければなりません。

 少数意見を大切にするのはいいことです。しかし、少数意見が常に多数意見を封じ込めてしまうのはよくありません。それは少数の独裁であり、民主主義の目指すものとは違うはずです。

 最終的に決断するため、強行採決が必要なときもあります。


足を引っ張るのが野党の仕事


■野党になっても批判される民主党

 2013年2月16日現在。昨年末の衆議院総選挙で野党になった民主党の国会戦略に批判が高まっています。民主党政権時代に苦労し、自ら緩和を申し出た「事前報道ルール」の見直しに対する姿勢が曖昧なところを挙げて、「民主党は抵抗野党に堕した」とまで言う人がいます。

 事前報道ルールが妥当なものかどうかはさておき、野党は抵抗するのが仕事なので、政府・与党の足を引っ張ることを一概に批判はできません。

■野党の役割は政府に再考を促すこと

 野党というのは何かというと、国会に議席を持ち政府に関与していない会派のことです。国会に議席のない野党もいなくはないでしょうが、力はありません。この場合の力には、いくつか種類があります。

 ひとつは議決権のことです。議決権があると、政府提出法案に反対票を投じ、成立を阻止できます。これは国会議員でなくてはできないことです。

 もうひとつは、国会のスケジュールに関与できることです。国会の委員会のスケジュールは、各委員会の理事によって決定されます。スケジュールを決められると、審議を始めるのを遅らせることや、採決を先送りし続けることで審議を長引かせることができます。国会の会期末までに議案が採決されなければ廃案となり、少ない議席数でも、政府に待ったをかけることができます。これも国会議員でなければできないことです。

 どの力も、国会という場で政府の施策に再考を促すことを可能にします。政府に再考を促すことは、政府、もっと言えばその実質的な運営者である官僚の好き勝手を許さないということにつながります。

■野党も国民の代表

 野党であるからには、政府・与党の方針に反対の意見があるはずです。なかったら別の政党として存在している価値がありません。そして、その意見は、単に野党議員の意見であるというだけではなく、野党議員に投票した国民の意見でもあるはずなのです。

 野党は政府・与党に反対の意見を持った国民の代表です。その意見もまた、尊重されなければなりません。野党は、自らを支持した国民の声を届けるためにできるすべてのことをやる義務があるはずです。

 その義務を果たす方法のひとつが、政府・与党の足を引っ張ることなので、ある程度の議事妨害はやむを得ないところだと思います。


事前報道ルールはなぜ必要か?


■事前報道ルール

 先週は公正取引委員会委員長の候補者が、衆参両院の議院運営委員会に提示される前に報道されたことを理由に、民主党は議院運営委員会理事会から民主党の理事を退席させました。

 このように、人事案が事前に報道されたら、国会は同意人事の提示を受けないという「事前報道ルール」が話題になっています。

 そもそもは、国会で同意される前に人事案が報道されてしまうので、「国会が決議する前に人事が決まってしまうようでよくない。国会軽視だ!」という理由でできたようです。

 この事前報道ルール。現在は「報道によって人事案がつぶれてしまうため、政府が慎重になり、ジャーナリストが取材しにくくなることで、報道の自由を侵している!」とか、「議院運営委員会に提示する前に与野党で人事案について相談した方がよく話し合えるのに、事前報道ルールがあるとなかなか野党に相談しづらくなるのでよくない!」とか、事前報道ルールに反対する論調も多く出てきました。 

 しかし、事前報道ルールを残すことは、野党にとって非常に重要な意味があります。

■事前報道ルールは必要ない?

 実は、野党が政府・与党の足を引っ張るという点で言えば、事前報道ルールはあってもなくてもいいのです。

 少なくとも現状では、与党である自民・公明両党は参議院で過半数を持っていません。すべての野党が反対したら、どうやっても国会の同意が必要な人事案は通りません。

 法案なら参議院で否決されたあとに、衆議院で全議席の3分の2以上の賛成を得れば成立させられます。これは憲法で決まってる手続きなので、憲法を変えない限り誰も止められません。

 しかし、国会同意人事にはこのような規定がないために、参議院で否決されたらどうにもなりません。立ち往生です。だからこそ、事前報道ルールがあろうがなかろうが、与党が参議院で過半数を持たない限り結果は変わらないはずなのです。

■それでも事前報道ルールが必要な理由とは

 ですから、私は、なぜ事前報道ルールが必要なのかわかりませんでした。「報道が既成事実になる」という理由は、野党の国会戦略において重要なことに思えなかったからです。ただ、考えていくうちに、事前報道ルールが必要な理由がひとつ見つかりました。

 それは反対する理由を考えるのが楽になる、という理由です。

 いくらなんでも、「与党のやることだから」といってすべて反対するのは難しいです。ただ、与党が衆参両院で過半数を持っていれば、適当なところで与党が強行採決をすれば物事が決まりますが、参議院で与党が過半数を持っていないときは、「与党のやることだから」というだけでいくらでも反対し続けることができてしまうのです。

 さすがに、そのような「反対のための反対」を延々と続けたときに有権者の賛成を得られるかどうかわかりません。ですから、反対するもっともな理由を考えなければなりません。

 しかし、反対する理由を考えるのは大変です。ましてや、与党だけでなく、マスコミや有権者を納得させる理由など、そういくつも考えつくものではありません。

 このとき便利なのは「事前報道ルールに違反しているから、国会では話し合えないよ」ということです。

 例えば、政府・与党が根回しのため、野党に人事案を国会提示前に伝えたとします。このとき、野党は人事案をマスコミに漏らせばいいのです。そうすれば、事前報道ルール違反で堂々と反対することができます。名目上は人事自体に反体してはいませんので、反対のための理由を深く考える必要はありません。ただただ、ルール違反をした政府・与党を糾弾するだけで、与党の足を引っ張れるのです。

 こんな便利なもの、そう手放せませんよね。つまり、野党民主党にとって事前報道ルールは、「あったほうが便利な道具」なのです。だからこそ、なかなか手放しがたいのかな、と思うのです。