「八重の桜」と政治への興味の原点


■溜の間のシーン

 今年2013年の大河ドラマ「八重の桜」。初回はペリー艦隊の再来まででした。番組終盤、大名が江戸城黒書院(くろしょいん)西湖の間でペリーにどう対応するか協議するシーンがありました。

 「鎖国政策は国の基本政策であるため、開国は断固反対。ペリー艦隊を攻撃せよ」との海防参与徳川斉昭(なりあき)の訴えを受け、老中阿部正弘は「掃部頭(かもんのかみ)殿はどのように思いますか?」と彦根藩主、井伊直弼に話を振ります。井伊は「いまペリーと戦うのはやめておき、とりあえず相手の要求を受け入れておいて、あとは臨機応変に対応していくべきです」と述べます。

 阿部は、ほかの大名の意見も求めます。すると、物語の主人公・八重の実家の主君である会津藩主松平容保が、「自分も砲台を任せられていて、現地視察をしたりしているのですが、装備が貧弱すぎてとても戦える状態ではありません」と発言します。

 開国に賛成する意見に対して、さらに何か言おうとする斉昭の機先を制し、井伊が「溜の間詰一統(たまりのまづめいっとう)、開国にて一致にござります」と宣言します。その言葉を受け、阿部が何かの書類を井伊に差し出すと、井伊はそれに筆をとって何かを書きつけるところで、西湖の間のシーンは終わりました。

 溜の間詰というのは、黒書院に詰めることができる、格式の高い大名らのことを指す言葉です。溜の間詰は単にその場所にいることができるだけでなく、重大事があれば、今でいう内閣である幕閣から諮問されることがあったようです。

■心打たれる

 私はなぜか、このシーンに強く心を打たれました。理由のひとつは、開国という当時の日本の最重要政策が、どのような過程で形成されていったのか、その一端を目撃したような気持ちになったからだと思います。

 理由はもうひとつあります。

 私は幼い頃、両親が参加していた地元サークルの集まりに連れられていました。そこは、いろいろな人達がいろいろな意見を言いあっているサロンのようなところでした。

 大人の真似をしたがるときにそういう場所にいたため、話し合いや会議というものに強い憧れを持ったのだと思います。だから、話し合いや会議の結果が力を持つ政治や、制度、組織に今も惹かれ続けているのかもしれません。

 このようなシーンをほかにも見ることができるなら、今年の大河ドラマも期待できそうです。

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