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首相の問責決議案、参議院にて


 2012年8月28日現在、赤字国債発行に必要な特例公債法案と、最高裁に「違憲状態」とされた一票の格差を是正することを目的とした衆議院の選挙制度改革法案の両法案が、衆議院の本会議で可決されました。両法案は参議院に送付され、審議されることになります。参議院で可決すれば、両法案は成立します。

 一方、野党である自民党と公明党は参議院で首相の問責決議案を8月29日に可決させる方針で一致しています。もし、この問責決議案が可決されたら野党は参議院のすべての審議に応じないそうなので、参議院で過半数をもたない政府・民主党は両法案を成立させる術がないことになります。採決どころか、審議すらできないかもしれません。

 首相の問責決議を可決したことによる参議院での審議拒否には、いろいろ意見がありますが、禁止されているわけではないので、強制的に止めることは誰にもできません。おとなしく内閣総辞職するか、なんとなく「そういうのは良くないゾ!」という空気にするしかありません。そういう空気になったときに、野党の政治家が恐れをなせば次の国会で審議拒否はなかったことになります。

 現在開かれている国会は第180回通常国会です。通常国会というのは、毎年1月から150日間開かれる国会です。今年は延長されて、9月8日までにやることになっています。冒頭に書いた通り、この記事を書いているのは8月28日なので、もう2週間を切っています。首相の問責決議案の効果を今国会に限るのなら、審議拒否したところで大したことはありません。せいぜい1週間ちょっと審議しないだけです。予算の執行に滞りは出るかもしれませんが、秋に開かれる予定の臨時国会で審議すればいいのです。否決されるかもしれませんが、少なくとも審議はできます。

 問題は、野党が恐れをなさなかった場合です。首相の退陣などといった政府・与党の譲歩がない限り、次の臨時国会においても問責の効果は持続するとなったら、審議は不可能です。野田政権を現状のまま維持するのであれば、政府・与党は野党を死ぬ気で切り崩して、問責決議を破棄するなりなんなりして参議院の意思を改めて表明する必要があるでしょう。一応そういう手続を取らないと、参議院に限らず、国会決議というものが軽くなり、憲政上の危機をもたらす可能性があるからです。制度などというものは、法文と慣習、パワーによって維持されているだけなので、脆い時は脆いのです。

 野党切り崩し大作戦はあまりに大変で、実現の見込みはあまりないように思われます。そもそもそんなことができていたら、問責決議案が可決されることがありません。問責決議案が可決したとき、空気を味方につけることができなかったら、最低でも野田内閣の総辞職は避けられないでしょう。


法案を人質に取るとは?


 2012年8月26日の新聞に、岡田副総理が、去年は菅前首相の辞職と引き換えに特例公債法を成立させ、今回は解散と引き換えに特例公債法案などを成立させると野党は考えているようだけれども、法案を「人質に取るようなやり方はいいかんげんにした方がいい」と発言したという記事がありました。

 しかし、このように副総理が批判しても口だけにすぎません。野党が法案を人質に取るようなやり方をするのは、そのように行動した方が合理的だからです。

 政府・与党は法案を成立させたい。逆に、野党は成立を阻止し、政権運営を行き詰まらせることで次の選挙で政権をとりたい。このような関係において、野党が参議院で過半数を持っていたら、参議院で政府・与党が提出する法案を片っ端から否決、もしくは審議しないのは当然の成り行きです。

 なぜなら、参議院の権限は非常に強く、首相の指名と予算案以外のほとんどの法律は、参議院で可決されなければ成立しません。参議院で否決されれば、衆議院は参議院に両院協議会という話し合いの場を設け、そこで落とし所を探るか、それもダメだったら衆議院において3分の2の賛成を得なければ法案を可決させるのは不可能になります。

 このことから、野党の行動は「制度上・慣習上認められた権利」であると言えます。制度で許されている行動だから、しているだけです。岡田副総理が本当に現状を憂慮しているのなら、国会法や憲法の改正や、なんらかの議会運営のルール作りを目指すべきです。ただ、政府が国会の運営に口を出すというのは、三権分立の観点から考えてあまりよくないでしょう。議会が政府のいいなりになってしまっては、行政を監視することが難しくなるからです。


国会の委員会とは


 2012年8月24日、特例公債法案が衆議院の委員会で可決、来週にも本会議で採決し、可決する見通しです。政府・民主党は、引き続き衆議院の選挙制度改革法案の採決も今国会中にする構えです。

 しかし、選挙制度改革法案を審議する「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」には全野党が欠席しています。特例公債法案を審議する「財務金融委員会」では自民党が欠席しています。両法案とも、野党は参議院でも同じ対応をとると考えられるため、どちらも参議院で可決する見込みは立ってない、とマスコミはみているようです。

 さて、ここで言う「委員会」とはなんでしょうか。原則として、国会に提出された法案は、その種類によって「◯◯委員会」に割り振られ、法案の提出者による趣旨説明や質疑応答などを行います。「委員会」で議決した法案を本会議で審議・採決し、可決すると、その院で法案が可決したことになります。本会議での審議は、ほとんどが、委員長による委員会での審議経過と結果の報告のあとにすぐ採決を行うので、あまり意味はありません。ただし、重要な法案に関しては、委員会で話し合う前に、本会議で趣旨説明や質疑応答を行うことがあります。どちらにせよ、実質的な議論は委員会で行われているのです。

参考文献:大山礼子『国会学入門 第2版』(三省堂)


選挙制度改革なくして、解散なし?


 2012年8月23日現在、政府・民主党は、最高裁が2009年の衆議院選挙の一票の格差が違憲状態であると判断したことをふまえて、小選挙区5議席、比例定数40議席を減らすことを柱とする衆議院の選挙制度改革法案を、9月8日までに衆議院で採決する構えを見せています。野党の自民党、公明党はこれに反発し、衆議院で審議拒否し、参議院での首相の問責決議案の提出を検討しています。つまり、参議院でこの法案が可決、成立する見込みは、現状ないということです。

 さて、これは「解散の先送り」になるのでしょうか?

 これが解散の先送りになるには、「選挙制度改革法案が成立しなければ、衆議院の任期満了まで解散=選挙できない」という前提が必要となります。しかし、任期満了したときに選挙しないわけにもいかないことは明白です。「任期満了までに選挙制度改革ができるよう努力する」「選挙制度改革ができない前提で話すのはおかしい」という考え方もあるでしょう。ですが、実際、任期満了までに成案を得られなかったらどうするのでしょうか?

 また、もし解散や選挙ができないとすると、最高裁の要請による選挙制度改革法案によって首相の解散権どころか、国民の選挙権も制限されることになります。言い換えると、最高裁判所は国民の選挙権を奪うことができるということです。そもそも、裁判所は選挙を中止できるのでしょうか。

 できるわけがありません。裁判所が総選挙を差し止める判決を出したとして、選挙差止を実現する法的根拠が明らかでないからです。つまり、裁判所に選挙を止める力はありません。また、裁判所で定数配分を決めるのも無理です。裁判所が独自に公職選挙法を改正するが如き行為は、憲法第41条「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」に違反するからです。

 解散・総選挙の実施と選挙制度改革法案の成立は関係ないと見るべきです。

参考文献:柴田孝之『論文基礎力養成講座 憲法』(日本実業出版社)


解散を目指す以外の方法は?


 今まで、自民党が首相に衆議院の解散を約束させることは不可能、ということを延々と書いてきました。では、自民党は早期解散を求める以外に、何を目指せば良いのでしょうか。

 自民党は、首相が解散してもしなくても、政権獲得につながるように行動しなければなりません。自民党の強みは、参議院総議席数242議席のうち、87議席を動かせることです。ちなみに、与党民主党は88議席を掌握しており、その差はわずか1議席です。

 この87議席を使って、政府民主党が成立を目指す法案に協力するかわりに、なんらかの利益を得ようとすることができます。ここまでは、参議院での法案成立と引換に解散を求める戦略と同じです。この戦略は、解散を目当てにしないならば、一定の効果を得ることができます。

 例えば、法案成立に協力するかわりに、自民党に有利になるよう法案を修正させることができます。すでに、3党合意のときに、自民党と公明党は民主党の政策を取り下げさせています(年金交付国債発行の取り下げ、など)。

 この武器を、衆議院の選挙制度改革の議論で存分に振るい、自民党に有利な選挙制度になるようにすることで、次の衆議院選挙を有利にすすめることができるかもしれません。また、選挙制度改革に限らず、政府与党がすすめる様々な政策において、自民党の意向を反映させることを目指せば、事実上、国政を左右しているのと同じことになります。単に、政府の役職がないだけです。

 しかし、政府の役職につくことこそが重要なのかもしれません。事実だけでなく名目が伴わないとならないのだとすると、衆議院で多数を取り、政権を取らなければならないことにかわりはありません。つまり、政府与党案を自民党色に染め上げたところで、次の選挙で勝てなければ無意味なのです。

 ただし、政権を取る方法は選挙で勝つだけではありません。前回の衆院選のマニフェストに反する政策を強いることで、民主党の議員をどんどん離党させ、衆議院における民主党の議席数を過半数割れに追い込めば、衆議院の各派の思惑次第で、民主党抜きで連立政権を組むことができるかもしれません。

 とはいえ、これは希望的観測です。民主党議員が民主党の執行部、つまり、代表(=首相)、幹事長などが自民党に対して弱腰すぎる、要求を聞きすぎる、ということになった場合、離党と執行部交代のどちらを選ぶかと言えば、執行部の交代を選ぶでしょう。民主党を離党して尚、政権に関われるかどうかは不透明だからです。また、小選挙区制は少数政党に厳しいと言われているので、例え敗色濃厚だとしても民主党に残ること選んだほうが合理的です。離党してしまったら、自らの票を獲得する原動力のひとつである、地方組織や支援団体の助けも得られませんから、なおさらです。

 自民党をとりまく現状は厳しいです。しかし、野党がしっかりしないと国会はダメになるので、知恵をしぼって頑張って欲しいところです。国民の立場からすれば、自民党が勝とうが、民主党が勝とうが、はたまた、その他の党が勝とうが、日本が良くなればそれでいいのですから。


昭和4年の就職ガイド本


 今日から休暇で、神保町に行ってきました。興味深い本を買ったので紹介します。
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 ●壽木孝哉『就職戦術』(先進社)
 大学生や専門学校生向けの就職ガイド本です。奥付を見ると、昭和4年12月5日発行となっています。1929年です。この年の7月に濱口雄幸内閣が誕生し、10月には世界恐慌の引き金となるブラック・サーズデーが起こっています。日本はそれ以前から長い不況に苦しんでいました。この本によると、1929年の時点で学校卒業生の就職率はぎりぎり5割をキープする、という水準だったそうです。
 
 本の内容は、就職難にいかに立ち向かうべきかという心構えや、有名な企業の選考委員が求めている人物像、就職活動をするにあたっての注意、有名企業の就職試験科目や面接での頻出する質問の紹介、企業の待遇一覧、景気に左右されない職業とその就職方法の紹介、女性の就職について、と当時の学校卒業者の就職のほとんどを網羅しています。
 
 パラパラめくってみると、手紙の書き方を説明する箇所がありました。『自分の方に御の字を使った手紙を書く青年が多いが、是れは丁寧の心算(つもり)でその実誤っているのである。』とか、『月日の記入を忘れ又自分の住所番地の記入を忘れる人がある』とか、『郵便切手は真直(まっすぐ)に貼るべきである。』とあるのを見ると、昔もおっちょこちょいな人はいたんだな、となんだかホッとします。
 
 他にも、「確かに不況で求人はないが、それは個々人にとっては関係ないことだから、経済状況など心配せず就活を勝ち抜け」というようなことが書かれていたり、「不況も原因のひとつだが、学校経営者が学生をあまりに増やしたのも就職難の原因」というようなことが書かれていて、不況下の就職活動の心構えは現代で言われているものとあまり変わらないようです。
 
 むしろ、マクロ経済学が誕生するかしないかという時期の言説と、現代の就職に関する言説があまり変わらないのは、就職難についての認識に進歩がないからではないかとも思え、不安になります。就職活動指南で経済状況を云々してもしょうがないのはもっともではあります。しかし、厳しい状況を生き抜いていく若者への配慮が足りないのではないでしょうか。「政府には今後も不況対策に全力を尽くすよう声をあげていくけれども、君たちは己の才覚でなんとかこの厳しい状況を勝ち抜いてほしい」と言う人がいてもいいと思います。
 
 この『就職戦術』、いまの就職ガイド本と比べながら読んでみると、面白そうです。現代の就活生と、昭和初期の就活生?の違いなどがわかるかもしれません。

日本共産党の組織図2


 昨日に引き続き、日本共産党の組織を見ていきます。

 共産党は、支部-地区委員会-都道府県委員会-中央委員会という組織構造になっています。支部、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会のことを「指導機関」と呼びます。

 民主集中制においては、一級上の指導機関の命令には絶対服従が求められます。例えば、支部の一級上の指導機関は地区委員会なので、地区委員会の指導に各支部は従わないといけないのです。このことによって、組織が大きくなっても中央から末端まで統一した意思に基づく行動ができるようになります。まさに、みんなで一丸となって目標に向かうことができるのです。

参考文献:筆坂秀世『日本共産党』(新潮新書)

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日本共産党のトップは?


 今まで扱った生徒自治機構は、議決機関と執行機関が別れている権力分立型の組織でした。では、すべての組織は権力分立型なのでしょうか。もちろん、権力分立型以外の組織も存在します。それが、集中型の組織です。

 集中型の組織で一番有名なのは、日本共産党が採用している「民主主義的中央集権制」、いわゆる民主集中制です。民主集中制は、日本共産党だけでなく、共産主義的な組織によく見られる体制です。

 さて、日本共産党のトップの役職は何でしょうか?現在では、「委員長」になります。次が、「書記局長」です。他の政党と合わせるならば、党首は委員長で、幹事長が書記局長です。では、この「委員長」とは何委員会の委員長なのでしょうか。それを説明するには、日本共産党の組織をざっとみていく必要があります。

 共産党の最高機関は「党大会」です。党大会と次の党大会の間は、党大会で選ばれた中央委員からなる「中央委員会」が党を指導することになっています。さらに、その中央委員会総会と次の中央委員会総会の間は、中央委員会から選ばれた「幹部会」が党を指導します。この幹部会の委員長が、共産党のトップである「委員長」なのです。正式には幹部会委員長と呼ばれます。

 ちなみに、共産党のマトリョーシカのような指導構造は幹部会で終点ではありません。最後に、幹部会から選ばれた常任幹部会委員からなる「常任幹部会」が毎週会合を行なって、すべての方針を決めています。その方針は「常任幹部会報告」としてまとめられ、党全体に伝達されていきます。

 このような仕組みになっているため、共産党では一般の党員が直接党首を選挙で選ぶことがありません。

 また、党大会もすべての党員が参加するわけではありません。支部総会から地区党会議に出席する代議員が選ばれ、その地区党会議から都道府県党会議に出席する代議員が選ばれます。そして、都道府県党会議で選ばれた大会代議員が党大会に出席するのです。

参考文献:筆坂秀世『日本共産党』(新潮新書)


秋以降解散?


 2012年8月12日付の朝刊に、民主党の前原政調会長が、「秋の臨時国会で特例公債法案の成立、衆議院の選挙制度改革、補正予算の成立、この三つを成し遂げれば解散できる」と発言したという記事がありました。野田首相が、解散時期について「”近いうち”というのは言葉通りの意味で、それ以上でも以下でもない」「解散は首相の専権事項だ」としているなか、わざわざ前原さんが解散の条件と次期を示したのはどういう意味があるのでしょうか。

 まず、新たに解散の条件と時期を示すことで、消費税増税を含む法案に続いて自民党や公明党の協力を求める狙いがあると考えられます。野党が「今度協力すれば本当に解散してくれるかもしれないし、この三つは国政にとって重要だから、協力して当然だ」と思ってくれれば、スムーズに話し合いが進むでしょう。少なくとも、話し合いには応じるので、衆議院を通過したところで参議院で放って置かれることはないでしょう。

 また、このような発言をすることで新聞に記事にしてもらい、政界や世論の反応を見るという目的もあります。もし、「上の三つが成立したうえで秋解散」の反発が強ければ別の方法を考える、というように、より人気がありそうな方向に微修正することができるからです。ただ、何回も言っていればみんな慣れてきて、既成事実化するかもしれません。ここでの既成事実化とは、秋の臨時国会以後解散、つまり今国会中(9月8日まで)の解散はないということです。そういう狙いもあるかもしれません。

 さらに考えます。衆議院のサイトを見ると、特例公債法案は今年の1月24日に受理されている(http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm)ので、今国会中に成立を目指すこともできるはずです。なぜ、特例公債法案も今国会中ではなく臨時国会なのでしょうか。

 わざわざ「秋の臨時国会で」と言っているのは、野田さんが首相でない可能性を考えているからかもしれません。9月の民主党代表選で野田さんが落ちたときは、以前の約束は守らなくても問題ないので新しい首相と新しい約束をしよう、ということです。そして、前原さんは前回の代表選で野田首相の対抗馬でした。前原さんは、自分ならこの条件で解散すると宣言しているのでしょうか…ちょっと無理がある考えですね。

 この可能性よりは、同じく9月に総裁選がある自民党の谷垣総裁が交代するのを待っていて、谷垣さんの交代をもって「”近いうち”解散」の約束を白紙に戻し、新たな条件で解散を約束することを目論んでいる、という可能性の方がまだありそうです。

 どの考えにせよ、制度的に首相に解散を強制するすべはないように思います。世論を顧みないならば、約束したって、守らなくてもいいのです。与党が協力を求める法案と、約束する解散の時期を変えながら野党と取引していくという状況が、来年の夏まで続いていくのではないでしょうか。このままだと、法案などの内容よりも、約束の履行時期の方が話題になってしまって、あまりいい状況だとは思えません。

 この状況を変えるには、思いもよらない方法をとるしかありません。もし、盲点となって使われていないような制度があるのなら、それを使うことで打開できます。例えば、誰もが組むと思っていなかったと言われている、自民党と社会党が組んだ、自社さ連立政権の成立や、解散すると思っていなかったのに解散した郵政解散などがそれです。どちらも、制度として禁止されているわけではありませんが、計画した人間以外はほとんどの人がやると思っていませんでした。

 おそらく、今後、参議院による首相の問責決議案がどのように扱われるのかというのが、ひとつのポイントだと思います。もし、臨時国会冒頭で首相の問責決議案が可決されたらどうなるのでしょうか。本当に参議院の審議は止まり、政府にダメージを与えるのでしょうか。それとも、国民やメディアの反発が厳しく、むしろ野党にダメージを与えるのでしょうか。

 ちなみに、通常国会の会期末で首相の問責決議案を可決させられたのが福田元首相で、福田さんは3ヶ月後の臨時国会召集前に総辞職してしまいました。その臨時国会をしのぎ、次の通常国会の会期末に問責決議案を可決させられた首相が麻生元首相です。麻生さんは可決して7日後に衆議院を解散しています。どちらも、問責決議案が直接的な原因となって、総辞職や解散をしたとは言いきれません。ただ、共通するのは、首相の問責決議案が可決させられた後、国会が2週間以上続いた例はないということです。2週間を超えたとき、何が起こるのか。大変興味があります。


約束と履行、停滞した政局の打開


 2012年8月10日現在、参議院で消費税増税を含む法案、税と社会保障の一体改革関連法案が与党民主党、野党自民党、公明党の賛成で可決しました。これで、野田首相が政治生命をかけた法案が成立することになります。

 野田首相と自民党の谷垣総裁はひとつの約束をしました。谷垣さんは消費税増税を含む法案の成立に協力するかわりに、野田さんは衆議院を早期に解散するという約束です。今日で、谷垣さんは約束を果たしました。次は野田さんの番ですが、さて、どうなるでしょう。

 野田さんと谷垣さんの立場を簡単に整理してみましょう。

  できること ほしいもの
野田首相 衆議院の解散 法案の成立(参議院での可決)
谷垣総裁 法案の成立(参議院での可決) 衆議院の早期解散

 上の図でわかるように、お互いにほしいものとできることが一致しています。お互いに相手の求めるものを与える能力があるので、公平な約束に見えます。ただし、公平な約束になるには前提があります。その前提のひとつが、「お互いの義務を履行する時期が同時になること」です。

 お互いが義務を同時に履行しないとき、後に義務を履行する側が裏切るリスクが常にあります。しかも、解散や法案の成立というものは物と違って取り返しがきかないので、やってしまったら終わりです。先に義務を履行した側は、ずっと待っているほかないのです。

 そして、解散と同時に衆議院議員は失職しますし、参議院は閉会することが憲法に定められているため、法案成立前に解散するというのは難しいです。このため、谷垣さんは常に、先に義務を履行することになってしまいます。あとは、野田さんに義務を履行するよう言い続けるしかありませんが、それがすぐ解散につながるわけではありません。制度上、首相に解散のみを強制することはできないのです。

 しかし、首相に解散を強制することができないというのは、制度上のことでしかない、とも言えます。組織は、規則で作られた制度だけで動くものではありません。人間が動かします。制度の中から攻撃できないなら、制度の外から攻撃すればいいのです。人を動かすのは、お金、感情、物理力なので、こちらに焦点をあわせます。

 おそらく、昨日から自民党の幹部クラスの議員が「『近いうち』というのは今国会中(9月8日まで)のことだ」と盛んに発言しているのは、「今国会中に解散するのが当然」という空気を醸成するためで、制度外からの攻撃をしているのだと思います。うまく行けば、世論が解散を強く求めるようになって、野田さんを精神的に追い詰めることで解散を実現できるかもしれません。ただし、これには時間がかかります。ましてや相手は、誰も聞いていない朝の街頭演説を地道に続けたという野田さんです。9月8日までにはとても間に合わないでしょう。

 また、もう一つ問題があります。野田さんを追い詰めたところで、野田さんが解散できるかどうかわかりません。むしろ、野田さんや民主党を追い詰めれば追い詰めるほど、民主党の選挙結果は悪くなることが予測されます。これでは、ますます解散しにくくなるでしょう。

 結局、法案成立を人質にとったり、政府与党を追い詰めることで解散を狙うのは、何の効果もないように思えます。自民党は、まったく想定外の方向から攻めるか、神風が吹くのをじっと待つか、首相が解散しようがしまいがすべての法案成立を阻止する修羅の道を行く決意をするかしない限り、事態を打開することができないでしょう。

 これからどうするのか、非常に楽しみです。