「三木おろし」と現代の政局〜『小説吉田学校』を読みながら


 戦後の日本政治を概観するため、戸川猪佐武『小説吉田学校』を読んでいます。全8冊と、司馬遼太郎『坂の上の雲』と同じボリュームで、昼休みや通勤時間をつかってこまめに読まないとなかなか終わりません。今は『第五部 保守新流』を読んでいます。

 第五部は三木武夫と福田赳夫・大平正芳との戦いが中心です。第四部の最後で、田中角栄の次の総裁として、「晴天の霹靂」のごとく指名された三木。三木は、ポスト田中の対抗馬だった福田・大平に比べ自らの派閥が弱いため、福田派や大平派、そして田中派がそっぽをむいてしまうとどんな法案も通せない状況にありました。

 昭和51年(1976年)、政界を揺るがす大事件が公になります。社会党をはじめとする野党は、その事件以外の審議をほとんど拒否しました。予算こそ成立したものの、赤字国債発行を可能とする「財政特例法案」は参議院で継続審議となり、通常国会での成立はかないませんでした。早期に臨時国会を召集して財政特例法案などの成立を目指す三木。この年の暮れに迫った衆議院議員の任期切れを前に、三木を退陣させ、党体制の一新を狙う福田派・大平派・田中派。主流派と反主流派との戦いは熾烈さを増すのでした。いわゆる「第二次三木おろし」です。

 この戦いのなかで、三木と福田と大平は何度となく話し合います。そのなかで、福田や大平は「三木首相のもとでは法案成立に協力できない」と退陣を迫ります。なるほど、北岡伸一『自民党 政権党の38年』(中公文庫)の「付録7 自民党派閥の系譜と消長」によると、このとき衆議院では、政権主流派の三木派・中曽根派はあわせて74人で、反主流派である福田派・大平派・田中派の149人に遠く及ばず、この三派の協力なしには党内をまとめられません。

 しかし、三木も負けずに言い返します。「もし私が退陣して新たな政権ができても、そのときから三木派は反主流派だ。与野党伯仲の参議院で法案を成立させられるだろうか」と。同じ本の「付録3 参議院議席」をみると、参議院252議席のうち、自民党は127議席しか持っていません。参議院の三木派10名が造反したら、なにもできないぞと反撃したのです。

 この時点で、現在「ねじれ国会」として知られている衆議院と参議院の多数派が逆転することによる政権運営への深刻な影響が、すでに認識されていたことがわかります。奇しくも、臨時国会を召集して取り組む課題のひとつにあげられているのは、赤字国債発行に必要な法案の成立です。どこかで見たことがある光景です。

 また、三木・福田・大平の三者会談は、党を割るような決定的な対立を避けつつも、早期退陣の言質をとろうとする福田・大平と、自らの進退や解散の時期を明示することを避けながら臨時国会を召集して政権運営を続けようとする三木との攻防になります。やはりどこかで見たことがある光景です。

 このような時代を超えた類似性を見いだすことができるので、歴史を知ることは非常に面白いです。こういう発見をするために、この『小説吉田学校』を読んでいるというわけです。あくまで「小説」なので登場人物の心理描写などを鵜呑みにする訳にはいかないとは思いますが、起こった出来事の経緯などは大いに参考にしたいと思っています。


コメントを残す